中国国境で味わった屈辱 

パキスタンと中国との国境クンジュラブ峠越え(4,733m)と中国側の荷物検査所でのできごとである。

パキスタンの出国審査場へは朝9時30分のオープンと同時に行った。ここでは簡単な荷物検査と、パスポートを確認して終了だ。あっさりと無事通過した。それからは、ハイウエーとは名ばかりの未舗装のガタガタ道をひたすら通る。カラコルム山脈の深い谷間を縫うように道路がついている。そこには切り立った山と自然があって、他にはなにも無かった。山々や谷は美しく雄大な景観である。がけ崩れの多い悪路を車はひたすら進む。やがてクンジュラブ峠を遠望するところまできた。荒涼としたパミール高原である。中国の入ると写真撮影は禁止のため、ビューポイントでパキスタン最後の写真を撮る。

パキスタンと中国の緩衝地帯に、中国語で書かれた凱旋門のような巨大な建築物があった。この建物は領土権を誇示し、少しでも領土を広げようとする、お馴染みの“蚕食行為”だ。(「さんしょく」蚕が桑の葉を食うように、片端から次第に他の領域を侵略するさま。)中国の常套手段としても大国として恥ずかしと思わないのか。

この建物を背景に、中国人の旅行者が楽しそうに、記念撮影をしている。僕たちも近づいて写真を撮ろうとしたら、若い警備兵に追い返され、腹立たしいほどの差別を受けた。

中国側に入ると悪路は一転して舗装された快適な道路に変わった。そして、兵士が一人バスに乗り込んできた。終始無言で僕たちの行動を監視している。ものものしい険悪な雰囲気が漂った。20分ぐらい走ったら、中国側の荷物検査所(チェックポスト)に到着した。チェックポストにはパキスタンのバスが2台止まっている。どうやらパキスタンの商人のようである。乗客は荷物を持って全員降ろされ、大きな荷物を厳重に検査されている。その間、僕たちはバスから降りることもできず待機させられた。初めは「アクシデントも旅の楽しみだ」などと気楽に構えていたが、3時間たっても先頭のバスの荷物検査は終わりそうも無い。

皆、尿意を催してきた。トイレは一人ずつ兵士が付き添って厳重な監視の元に行われた。僕の番がきた。厠には板を2枚渡しただけの不潔なトイレが三つある。一応男女の仕切りはできている。まだあどけなさが残っている警備兵は僕の排尿の間ずっと、トイレの中まで入って見張っている。落ち着いて用も足せない。僕は「あっちに行け」と日本語で怒鳴った。意味が分かったようですごすごと引き下がった。まさか女性トイレの中まで入ることはないだろうが、そんな臭い思いまでしなくても外で待っていればよいものを。すぐ前にはコンクリート造りの鍵のかかった綺麗な厠がある。共産党のエリート兵専用らしい。

バスの中で待っている間、途中全く情報がない。バスには中国語のできるスルーガイドはいない。英語はほとんど通じないようだ。何時終わるとも当ての無い不安な時を過ごしていた。見上げれば空には満天の星が広がっていた。エアコンの無いバスは冷え込んできた。7時間近く経過した。心臓に欠陥のある僕は体調が悪くなってきた。不整脈が発生し心臓の鼓動が激しい。5,000m近い高地に長時間滞留しているためだ。通常は1時間程度の検査で済むとのことであったので、高山病の予防・治療薬のダイアモックスを用意してこなかった。

しばらくすると中国兵が「今日のチェックは終わりだ。君たちの荷物検査は明日になる」とドライバーを通じて伝えてきた。困った状況になったと思っていたら、添乗員のHさんが意を決しバスから降りた。添乗員といえども兵士の指示に従わない勝手な行動は許されない。拘束されるか、銃で撃たれても仕方ない危険な行為である。Hさんは事務所の係官に「病人がいるので荷物検査を早くしてください」と懇願したそうだ。初めは「大使館を通じて申し込んでくれ」と取り合ってくれなかったとのこと。

なにしろ他国の人権などどうでもいい、人間を人間と見做さないお国柄。外国人の命など問題にしていない。Hさんは粘り強くネゴシエートした。彼女の必死な思いが通じたのか、遂に検査の許可が下りた。そして一つ前のパキスタンのバスの人たちが順番を譲ってくれた。この人たちは翌日まで待たされることになるだろう。

僕たちは荷物検査を無事に終え、入国審査を経て国境を越えることができた。宿舎に着いたのは午前3時ごろであった。あのままバスに閉じ込められていたら、体調がどうなっていたか分からなかった。添乗員Hさんの勇気と順番を譲ってくれたパキスタンの方々の好意にただ感謝あるのみ。 後から聞いたところでは、パキスタンから武器保有者が侵入するとの情報に、チェックを強化したようだ。

それにしても、3兆円を越える「対中ODA援助国」の日本人に対しての非情な蛮行に、怒りが湧いた。これも日本政府の弱腰外交のなせる結果なのかも知れない。

<追記>

僕が2011年に訪れた新疆ウイグルには、のどかなシルクロードのイメージがまだ残っていた。

しかし最近、ウイグル民族に対する強制労働や不妊手術の強制、子供に対する同化教育などを告発する報道が次々に明るみにでた。ウイグル人など100万人以上が中国国内で強制収容され、大量虐殺(ジェノサイド)が行われているとの見方もある。習近平国家主席体制下で弾圧が一段と加速したのも事実のようだ。

ウイグル族への弾圧に国際社会の批判が高まっている中、改めて日本社会でも議論を深めなくてはならないであろう。2022年の北京五輪ボイコットもありえる話。